文化・芸術

2006年11月22日 (水)

村上春樹

最近僕の中で村上春樹がブーム再燃だ。
ブックファーストを冷やかしていたときに何となく手に取ったエッセイ集が引き金となった。
読み出したら止まらないのが村上春樹なので、
今週末トイックがあるにも関わらず、
春樹漬けである。

僕にとって村上春樹は青春の象徴みたいなもので、
村上春樹に出会う事で青春が始まり、
村上春樹から遠ざかる事で青春期から青年期に移行したようにおもう。

高校入試が終わった春休みに「ノルウェイの森」を読み始めたことが、
僕の高校生活をある意味決定づけてしまった。
受験勉強、といってもたかだか高校入試だからそれほど苦労した記憶はないのだが、
それなりのストレスを抱えてきたこともあって、
反動的に春休みを「ノルウェイの森」を皮切りに読書に費やしてしまい、
入学までに出された数学の課題に手を付けず高校生活に入ってしまう羽目になった。
おかげで、数学の授業は最初から小説を読む時間になってしまったのだ。
おかげで、それから10数年後の現在、苦労をしている。
まあそれはいいとして。

村上春樹、というかもっと広く僕の文学経験を顧みるに、
きっても切り離せない人物が一人だけいる。
僕にとって初めての「親友」となった(と僕は勝手におもっている)人物で、
初めて「本について語り合える人間」であった。
進学校に入ればこういう人間と知り合えるんだな、
と変な感慨を抱いたものだった。

なんと言うか、彼と知り合う事で、
僕にとっての文学とか音楽が、
「教養」から「実践」へと変化した。
生活スタイルに変化をきたした、という事だ。

彼は中上健次みたいな人間で、
複雑な家庭環境と複雑な内的構造を通じて、
かなりエキセントリックな青春期を実践していた。
年を追うごとに逸脱さは度合いを増していき、
僕は彼についていけなくなり、
僕は僕で僕なりの自意識もあって、
次第に彼とは口をきかなくなっていった。

あの頃の記憶は今なお生々しさを帯びていて、
具体的に語ることはできない。

とまあ村上春樹の本を本棚の奥から引っ張りだすと、
そんなことを思い出したりするのだが、
今こうして彼の本を読み返してみると、
いわば「現在的意味」を感じるところが結構ある。

懐古趣味的に読み返すのではなく、
今の僕に役立つことが結構書かれているのだが、
それはまたいつか。

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2006年10月 8日 (日)

ロココ。

レビュー。
「ボッケリーニ 弦楽五重奏曲集作品11」

図書館でたまたま見つけて聴いてみた。
(amazonにはなかったので近い作品を貼りました)
極めて軽やか。
というよりも軽薄。
浮かれた時代の浮かれた雰囲気がよく伝わる。
ここまで徹底的に軽やかなタイプの音楽は初めて聴いた。

とっさに浮かんだのが、
フラゴナールの「ぶらんこ」という絵画。
ロココ様式の有名な絵画である。
考えてみればボッケリーニはロココ絵画が流行した時代の作曲家だから、
僕の感覚はあながち間違ってはいないかもしれない。

表層的な快楽を追い求めると、
その追求の果てに独特な気怠さを感じることは無いだろうか。
僕はあったな。

そういうたぐいの気怠さをロココ絵画を見ていると感じる。
ボッケリーニも然り。

この弦楽五重奏曲ホ長調作品11の5の3楽章が、
有名な「ボッケリーニのメヌエット」。

ホ長調!
軽薄なわけだ。

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2006年10月 7日 (土)

午睡

午睡というには時間が早いが、
ぽかぽかとした秋の太陽のもとでしばしまどろむ。

幸福に包まれた夢を見た。
ところがその幸福は不幸を導くように巧妙に仕組まれている。
目が覚めると涙を流していた、というのはもちろん嘘だが、
牧歌的世界、
すべてが純化された世界への憧憬に包まれた。
あいまいな秋の晴天が、
覚醒しきれていない僕のあいまいな意識にとけ込み、
すとん、と軽い音をたてて落ちた。

次のステップに歩みを進めようと、
机上の整理をした。
山積みされた本を本棚に戻し、
雑多に広がったさまざまな書類を処分した。
もはや不要となった24冊の本はこれまでの努力の証だ。



少しの間は、
小説や音楽や哲学や、
一つの時代の終焉とともに置去りにしてしまったものたちと戯れようと思う。

残り少ない秋なのだから。

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2006年5月20日 (土)

異邦人。

藤田嗣治
最近お気に入りの画家。
エコール・ド・パリの時代(1920年代)にパリで活躍した画家。

なんと言っても裸婦像が非常に美しい。

評論家風に言うと、西洋の絵画に日本画で用いられる面相筆という筆を使って、
描線を繊細に描いている、そうだ。

何分も見入ってしまうような気品がある。
女性の肌の柔らかさ、滑らかさが少々抽象化されて見ているものに迫ってくる。

ため息が出る。

藤田嗣治自身は生前リアルタイムにパリで評価を受けることができたが、
そのせいなのかどうか、日本ではまったくといってよいほど認められず、
むしろ国辱とまでいわれていたそうだ。
彼は悲痛な心情を抱えたまま異邦人としてパリで生涯を閉じた。

そんな生き方もあってか、今も根強いファンが多い。

藤田嗣治「異邦人」の生涯
近藤 史人 (著)

に詳しく載ってます。

これまでもそう思ってきたし、今も強く思うけど、
女性の身体は、それ自体美だ。

いつまでも愛で慈しむものだと僕は信じている。

いいな、と思う絵画はいつだってヌードだ。

こういう考え方はきわめて男性的なんだろう。
だから僕は男女平等主義者ではないのかもしれない。
女性を深く崇拝している。
いずれにせよ、男性と女性を同じレベルでは考えてはいないということは確かだ。
どちらが上か、なんてことは僕にはわからない。
わからない、というよりも、そういう問題じゃないと思う。

まあ、崇拝しているからこそ、女性関係がいつも長続きしないということは確かである。




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2005年10月22日 (土)

camera! camera! carema!

図書館で写真集の棚をみていたら、
中平卓馬の写真を発見。
借りてきた。

写真に詳しい訳じゃないけど、
中平卓馬の作品にはみるたびに押し流されるような力を感じる。
60年代後半から70年代にかけてが彼の全盛期。
技法的に粒子が粗く、あえて少しぶれさせていることから、
当時「アレブレ」なんてダサイ評価をえている。
年の風景をとらえた作品が多く、
高度成長期と学生運動の疾走感、
時代の強度が彼の手法とうまく適合している。
作品をみていると、ゾクゾクしてくる、
大好きな写真家の一人だ。

作品の個性がピンとたっていて、
誰かがそれをまねるととたんにださださの亜流になってしまう芸術家がいると思う。
村上春樹などはその典型例だろう。
僕も含めてだが、彼を通過した人間の文章はどことなく同じ匂いがして、
あからさまにまねた文体などはもう嫌味しかのこらなくて目も当てられない。
中平卓馬もそうかな。

法律の勉強をはじめて、あらゆる芸術系の趣味から遠ざかってしまった。
意図的に封印しているという意味合いもあるのだが、
ちょっと寂しい。
カメラもいい機材持っているのに、もったいない。
たまにはガンレフもって外にでようかな。
でもきっと言うだけで終わるな。

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