絶望・死への想い
これはきっと僕が一生背負い続けなければならないのだろう、
とその当時におもっていた問題が、
それから10年の歳月を経てもなお、
なんら変わらず「一生の問題」であり続けている、という認識は少なからず僕を絶望的にさせる。
あれから10年間、それはともすると記憶の美しいカプセルを身にまとって、過去の懐かしい記憶ととして保存されているとおもっていた。
しかし、それは違っていた。
僕は青春の問題を一生抱えて生きていくのだ。
キエルケゴールは人生は絶望を生き抜く事だと言っているけれども、
そのような人生は結局のところ文学的気質を持つ人間=何らかの精神的瑕疵を抱えている人間にかぎってのことだおもっていた。
僕はそういうタイプじゃない。
平凡な幸せを平凡にぬくぬくと暖めながら生きていく平凡な人間なのだ。
そう思っていた。
ところがどうだ。
どうやら僕はそのような気質を持ち合わせているようだ。
文学的資質をもち芸術的才能に恵まれない人間なんて最悪だ。
表現という自己治癒手段を持たずにただ絶望と向き合わなければならないのだ。
僕は絶望を抱えながら生きていかなければならないのだ。
死への思いがかすかに、しかし突然に僕を包み込む。
どうにもならない。
もうどうにもならない。
助けてくれ。
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