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2007年2月

2007年2月 8日 (木)

宿命。

自分の気質や性格が、僕自身に宿命なのだ、と最近強く感じる。

宿命とは、自分が作り上げ変化させることができることではなく、
生来的に僕の存在に負わされた、
僕の意思以前の問題である、ということだ。

それは例えば遺伝であるとか、血縁であるとか、
そういう文学的なたぐいのことだ。

だとすれば、僕の宿命は、自分が思っていたことよりも遥かに深刻なものであるということになる。

どうすればよいのだろう。

僕は途方に暮れている。

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2007年2月 1日 (木)

Farewell My Lovely

今日、1つの授業が終了した。

とある塾の高校三年生のクラス。

三年生のクラスは他社でもいくつか担当しているので、
それらの最終授業は、さわやかにエールを送る程度にしているのだが、
このクラスは別だ。

その子たちは、僕が小学生からずーーーっと担当してきたクラスだった。
小学生の三学期に僕が英語をabcから教え始め、
それから彼らの成長をずっと眺めながら、
大学受験に至った。
語学の勉強を最初から最初まで担った訳だ。

そんなクラスの最終授業。
ちょっと感慨深かった。

彼らとの六年間、それは僕の苦悩の日々とパラレルである。

この六年間、僕は僕の日々は壮絶だった。

精神に変調をきたした時期もあった。

涙を流しながら渋谷の勤務地への道を歩いたこともあった。

彼らは僕のそんな苦悩の日々を僕ととも歩んできた。

そんなことを考えると、
言いようの無い感慨が僕の心を満たす。

最後の授業の時、
僕は自分の人生について少しだけ語った。

今の僕がどんな人生を歩もうとしているか、
生徒たちは常々想像し、
僕にその質問をしてきたからだ。

先生は塾の先生を続けるつもりは無いんでしょ?
先生の野望ってなに?

僕が現在の僕について固く口をつぐんでいたにもかかわらず、
彼らは僕を信じ続けてくれた。

そういう問いが発せられたとき、僕はいつもこうやってはぐらかした。
「僕はどんな人間にみえる?」
彼らはどのような印象を僕に対して抱いたのか、 知りたくもあった。
すこし恥ずかしいので、生徒たちの答えはここには書けないが、
「よし、僕の方向は間違っていない」と思わせてくれるようなコメントだった。




そういう問いに今こそ答えるときなのだろう、
と僕は考えていた。

僕が自分がどれだけ挫折し、
どれだけ追い込まれ、
そしてそこから何を学んだかを赤裸々に告白した。
そして、そのような経験から学んだこと、
君たちへ望むこと、
などを訥々と述べた。

決して決してあきらめないこと。
自分の能力を信じて疾走すること。




授業後、
子供たちは、
それぞれがこれからの人生で抱く大志なり想いを僕に語りかけた。
僕はそんな想いを1つ1つ受け止め、
僕なりの言葉を投げかけた。



帰宅したら日付を超えていた。






区切り、わかれ。
そういう要素が人生の中で必要とされてるその理由が少しわかった。

人生は起承転結の繰り返しである。

ある時期にはその時期の終焉があり、
別れを経験し、新たな出会いを経験することが、
その人の生をより充実させたものしてくのだろう。

僕は飛び立つ。
彼らも彼女たちも飛び立つ。

お互いに充実した生を謳歌することを願いながら。

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