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2007年1月25日 (木)

近況、影響、勉強。

僕のこの業界生活も大詰めに入り、
今や受け持ちの子供たちのほぼすべてが三年生なので、
この時期はとても忙しい。

表情は引き締まり、
話題は来るべき試験が中心となり、
講師の一言一句すべてを拾い上げるように熱心に耳を傾ける。

僕も仇やおろそかな事は言えない。
語りかける一言一言を注意深く選ぶようになる。




僕の学級の生徒たちには1つの傾向がある。
それは、併願校に、ある大学を受験する子が多い事である。

世田谷区成城にあるその大学は、
世田谷区近辺に住む子がほどんとである彼ら/彼女らには通いやすいだろうし、
いわゆる「4大学」と言われるネームバリューもあるから、
併願校には手頃なのだろう、と僕は勝手に推察していた。

滑り止めの選択理由までいちいち尋ねたりはしない。

ところが、
この間保護者と話す機会があって、
意外な事がわかった。
その大学への出願動機に僕が関与している部分が大きいというのである。

その大学は、僕が現役受験の頃、受験した大学であったのだ。


話は一瞬、さかのぼる。

高校三年の三者面談のとき、
僕は担任に向かって、
大学では芸術学を学びたいこと、
第一志望は確定していてそれ以外は受験しない事を告げた。

担任はうつろな眼をして「そうか」と言ったきり僕の発言を無視し、
ランキング表をぱらぱらとめくって、
「芸術学を勉強したければ、和光大学とS大学があるな。
和光を滑り止めにして、Sをチャレンジにしたまえ」
と言い放ったのだった。

同席した母親もその意見に同意し、
浪人するにしてもどこも受からないで浪人生活を始めるよりは、
1つでも合格を抱えた方が心理的にも良いはずだ、と
僕を説得し、
その大学を受験する事になった。

果たして結果はその通りになった。

合格を知ったとき、
僕は18歳の幼い頭脳で真剣に思った。

「僕は勉強を何1つ知らない。英語の構造だってまるで理解していないし、歴史だってわからない。こんな状態で大学生になっていいのだろうか」と。

当時の僕は、thatが接続詞であるということすら知らなかったし、
絶対王政がいつの時代かも把握できていなかったのだ。

もっと知りたい。勉強をわかってから大学に行きたい。
恥ずかしながらこんなことを真剣に考えた。


こうして、
めだたく予備校生となったのである。




この話を子供たちの前でした事があったのだ。

僕としては、
「勉強することは喜びの経験でもあるんだよ。」ということを言いたくてこの話をしたのだが、
子供たちには事実的側面が印象に残ったらしい。


彼ら/彼女らが出願を前に家族会議を開いたとき、
僕の話を持ち出して、
「だから俺もそこを受ける」
と言っているとかなんとか。
中には
「だから俺も受かってもそこには行かない」
と言っている子も居るとか居ないとか。


自分の発言の影響力の意外な大きさに、
少しばかりうれしくなるとともに、
自分が子供の人生選択に少なからず寄与しているという責任の重さを感じたのだった。

こうなっては、
なんとしてもその大学は合格させてやらないと。

そんなこんなの一月入試直前期でした。

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