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2006年12月

2006年12月16日 (土)

絶望・死への想い

これはきっと僕が一生背負い続けなければならないのだろう、
とその当時におもっていた問題が、
それから10年の歳月を経てもなお、
なんら変わらず「一生の問題」であり続けている、という認識は少なからず僕を絶望的にさせる。

あれから10年間、それはともすると記憶の美しいカプセルを身にまとって、過去の懐かしい記憶ととして保存されているとおもっていた。

しかし、それは違っていた。

僕は青春の問題を一生抱えて生きていくのだ。

キエルケゴールは人生は絶望を生き抜く事だと言っているけれども、
そのような人生は結局のところ文学的気質を持つ人間=何らかの精神的瑕疵を抱えている人間にかぎってのことだおもっていた。

僕はそういうタイプじゃない。
平凡な幸せを平凡にぬくぬくと暖めながら生きていく平凡な人間なのだ。
そう思っていた。

ところがどうだ。
どうやら僕はそのような気質を持ち合わせているようだ。

文学的資質をもち芸術的才能に恵まれない人間なんて最悪だ。
表現という自己治癒手段を持たずにただ絶望と向き合わなければならないのだ。

僕は絶望を抱えながら生きていかなければならないのだ。

死への思いがかすかに、しかし突然に僕を包み込む。

どうにもならない。
もうどうにもならない。

助けてくれ。

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2006年12月13日 (水)

絶望的に努力せよ。

好きな言葉、というか僕の好きな英単語があります。
それはdesperately.

もちろんdesperateという形容詞の副詞形ですが、
desperateって「絶望的な」って意味ですよね。
これが副詞になると「必死に」という意味になります。

例えば、
I had tried desperately in practice, but the coach never seemed  to notice.
(僕は必死に練習した。でもコーチは見向きもしなかった)
なんて感じに使います。
翻訳文は「必死に」となりますが、
僕はどうしても「絶望的に努力する」と頭に浮かんでしまう。

その方が雰囲気がすごくよく伝わるとおもいません?

最悪の状況に呆然と立ち尽くしながらなりふり構わず努力する姿が今にも見えてきそうな気がします。

個人的な事ですが、僕は夏休みから秋にかけてものすごく思い込まれて、絶望の縁をさまよいながら闇雲に努力するという経験を持ちました。

まさにdesperatelyです。

というわけで、今年の生徒諸君への年賀状には、
「絶望的に努力せよ」と書くことにしました。

ちなみに、例文はBob Greene 'Cheeseburgers'というエッセイ集からの引用です。
個人的に大好きなエッセイです。

と、これを読んでくれる人は果たしているのだろうか、
と根本的な疑問を持ちつつキーボードを叩いてみました。

でもいいんです。
文章を書くのは実は僕の趣味なんです。

おしまい。

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